Monologue〜フィジコISHIIの熱苦しい独り言〜

フィジカルパフォーマンストレーナーのイシイです。仕事のこと思ってること熱苦しく呟きます。

Actionと、Reactionと。

水五則を知ったのは小学生の頃。
担任の先生の話を聞いて衝撃を受けた。
ー 自ら活動し他を動かしむるは水なり、で始まる 戦国時代の武将・黒田官兵衛が残したとされる、水のように柔軟で力強い生き方を示す5つの教訓。
特にこの一つ目と、三つ目の"常に己の進路を求めて止まざるは水なり"が好きだ。

トレーナーになって、それを信条に突き進んでいた20代半ばに差し掛かる頃、とある方から"他を動かしむる、は傲慢的で好きではない"と言われてこれまた衝撃を受けた(笑)

なるほど…受け取り方でこうも変わるのか、と。
それから10年ほど経った頃、またしても心を打ち抜かれる言葉に出会う。

"Action always beats reaction."( 受動的に対応する"リアクション"ではなく、能動的に仕掛ける"アクション"の方が常に優位であり、結果を残せるという意味の言葉ではあるが…これを教えてくれた方はこうも言ってた。

"Good people are like candles. They burn themselves up to give other people light and shine. "(Good peopleとはまさにキャンドル。自分自身を燃やし、他の人達に明かりを照らし、輝かせる)まずは明かりを照らす前に自分自身が良いキャンドルにならなきゃダメだからね、と。

"人を動かす"、"人が動く"
この差は、何か。

力技で相手を動かそうとしても、逆に相手の心は閉じてしまうことがある。やろうとしていたことも、他人から押しつけられたようなカタチになれば醒めてしまう。相手が自ら動きたくなる、"反応したくなる"接し方やActionとは、?

誰もやらない、声を上げないから誰かが行動(Action)を起こす。それに誰かが反応(Reaction)する。だからこそActionを起こす人は貴重なのだけど、このActionがGood candleでなければいいReactionは起こらない。

相手のActionに対して、Reactionをしていく。
Reactionの中に意図だったり思いやり、想いを少しずつ込める。その込めた意図が、お互いのActionとReactionのサイクルの中で増幅していく。それがスムーズに動き出して、どちらが先に動かしたのか、動いたのか、主従がわからなくなっている…というのが理想なんだと思う。

自分の主義主張が強く、"こうしたい"、"こうすべき"をはっきり伝えることが出来る人はコミュニケーションにおいて優位だと思う。でも、それは時に自分のActionによって相手を動かす(=強制)のように受け取られることも少なからずある気がする。
言葉は自分の想いを伝えるごくシンプルな手段ではあるけれど、相手を観察し、状況を判断して相手へのReactionを重ねる。それが相手へのリスペクトなんだろうな、と。

Actionを起こすか否か、それ以前にいいAction(Candle🕯️)であること、相手へのリスペクトを欠いていないこと。



そんなことを考えたうえでの
"自ら活動し他を動かしむるは水なり"なら、
濁流ではなく変幻自在にカタチを変えることが出来て、生きていくのに必要不可欠な"水"になることが出来るかなと思う、今日この頃。

デキレースは、いやだ。

 

大概、誰かに相談するときってもうあらかた自分の中で答えが決まってるもん。だけど背中を押して欲しい、肯定して欲しい。そんな気持ちで恐らく人は相談する。そこまでいかなくとも、答えはグレーゾーンであっても"どっちか寄り"のグレー。

 

歌人俵万智さんが教師を辞めるか否か悩んでいて瀬戸内寂聴さんに相談したことがあるそう。

『あなたの代わりなんていくらでもいるんだから辞めちゃいなさい。』
と、すぱーーーん!と切り捨てるような返答をされた、と。そして相談は大概本人の中で答えが出ている、と言われたそう。それもそうだ、と俵さん自身も思ったとか。

 

 

そーよねぇ、そーなのよ。わかってますとも。
自分にしか出来ないことなんてこの世にはない。あるとすれば"自分が自分でいること"くらいじゃないかな、と。

 

 

どこにいても一年一年が勝負だと思ってきた。

勝ったから来年も安泰だとか、負けたから来年はこのチームには居られないな、とか。

そんなの関係ない。
勝っても構想外といわれることもあれば
負けてもまた力を貸して欲しいって言われることもあるし。
どんなにいい仕事しても、もっといい、もしくは"都合のいい"人材がいればそちらを採用するなんて当然ありうることだ。

 

 

ずっと誰かに"必要とされるか否か"に重きを置いて来た。
それはこれからも変わらない。

選手から、スタッフから必要とされるか。
自分がチームの役に立てるのか。


でもアタシの中で大事なのは"必要とされたいカタチで必要とされているか"なのだ。

 

アタシにできることは誰にでも出来ること。
だからこそそれでもアタシという人間に依頼してくれるならアタシはそこに尽力したい。

 

でも、最近思う。
アタシが自分の意志で尽力するのは当たり前。
でもそこにはやっぱりお互いのリスペクトが欲しい。
"あなたがいい"の理由に良くない方での"都合がいい"は欲しくない。

 

 

とあるスポーツの、某強豪校の監督の話。

あと一つ届かなかった夢の日本一へ向け、それまで業者に依頼していた100人超分の昼食と2回の補食を奥さんに依頼した、という。
奥さんから言い出したわけではなく、監督が奥さんに仕事を辞めて手伝って、とお願いしたとか。(話を聞く感じではもう場所借りたり、什器を揃えて?お願いした、みたいな感じだった)

きっと、奥様、そういう栄養士さんだったり飲食のお仕事されてたのかもしれない。でも選手の食事作りを託されて、食事は1日5食スタイルの業者に依頼していた100人超分の昼食と2回の補食を突如担うってなかなか、なかなかだと思う。

 

監督。
インタビューでどうして奥さんに?って聞かれてて『え、言いやすいからw』って。
いや、照れ隠しかもしれん。きちんと感謝は伝えてるかもしれない。けれど、いくら照れ隠しでもそんな言われ方って…何も知らない第三者のアタシは…正直、一瞬耳を疑った。"都合がいい"だけじゃん?そう思ってしまった。

 

箱根駅伝常勝チームの某大学の監督の奥さまも寮母もやってごはんつくって…素晴らしいと思う。

それって、当たり前じゃないと思うんだよね。

 

チームの人間がどれだけ真摯にその競技に、仕事に向き合うか。そういう人たちが多ければ多いほど、何かやれることがあればサポートしたい気持ちになる。だからきっとこの奥さまたちもそういう選手たちを見て"勝たせたい"って思って自分に出来ることならって思ったんだと思う。

 

 

多分、奥さんじゃなくてたっていい。お金さえ出せばきっと他にもっと素晴らしいそのチームに相応しい人材はいるかもしれない。それでも奥さんを選んだ、お願いした理由。それは決して"都合が良かった"で済ませて欲しくないなぁと思ってしまう。

 

そういうアタシだって。

"あなたがいい"と言われれば嬉しい。

でも他に"適任はいないか"そういったアンテナを張ったうえで、決して"都合がいい"だけでなく選んでもらいたい。デキレースではなく、ちゃんと品定めして選んでもらいたい。それが信頼関係であり、リスペクトではないかと思うのです。

 

 

なーーんて。
大した実力もないくせに、そんなことだけ一丁前に考えてしまうのです。

いい仕事がしたい。
そのために、決して思い上がることなく、真摯に目の前のことに取り組んで全てを出し切って尽力しよう、と改めて思いました。

 

いいひと。

自分はどちらかというと、"いいひと"の部類だと思う。お人よしだとも思うし(それは時として"お節介"ともいう)三配りも、そこそこ出来るほうだと思ってる。

 

それは自己肯定感の低い自分の中でも唯一認めてるところかもしれない。

 

優しくされたら嬉しい。

気にかけてもらえたら嬉しい。

見ないようで見ていてくれたら嬉しい。

誰だって、そんなもんでしょう?

だからって見返りを求めてお人よしでいようと思ってるわけではないし、三配りを心掛けているわけではない。自分がしてもらって嬉しかったから。ただ、それだけ。

 

でも、見返りは求めないと言いつつ、あまりに杜撰な、というか…雑に扱われるときが多々ある。求めていないのだからがっかりしたりするのもお門違いなんだけれど、近しい間柄だったりすると虚しさと憤りを覚える。

 

それを、相手に伝えるかどうか。

だって求めてないなら伝える必要はない。それこそお節介というものではないのか。あなたの言動にワタシは雑に扱われたと感じた、と。もしかしたら相手側にも言い分があってその対応だったのかもしれない。それならそうとワタシなら教えて欲しい。出来る限り、近しい間柄の人たちにはそんな嫌な想いはさせたくない。

 

考え過ぎなんでしょうか。笑

そんなの考えずに水に流せばいいんでしょうか。

でも9割そう思ってる。だからあえて伝えずに自分の中で消化してしまう。結果、自分の中で少しその人と距離を置いてしまう(笑)でもそれは、その人を嫌いになりたくないから。

 

別にいいひとでいたいわけではないし、もちろん都合のいいひと、にもなりたくない。

 

ワタシはワタシの誠意を雑に扱われたくない。

それって…とどのつまりは"見返りを求めている"ことと同じなんでしょうか。

 

考えても考えても、わかりません。笑

ヤケドするぜ?

AIはどこまで人の気持ちを汲み取ってくれるんだろう。

ChatGPT(チャッピーっていうんだって?笑)はいろんな便利な能力があるらしいじゃない。アタシ使えないけど(笑)あのコに頼めば誰も傷付けずに言いたいことを伝得られるようなうまいこと考えてくれるんだろうか。

 

『感情的になったら絶対に負ける。冷静な奴にはかなわない』
そういったのはイチロー氏。
その言葉で語られるエピソードとして有名なのは2009年のWBC韓国との決勝戦

 

2009年WBC勝戦でヒットを打ったとき。
きっとみんなは喜んでいるだろうから
ダグアウトの方を観たらその気持ちに応えてしまう。
(自分も喜んでしまう)
だからダグアウトを観ずにただ走った。

 

あの場面でヒットを打ったこと。
嬉しくないわけがない。
でも試合はまだ終わっていない。
相手にとっていちばん屈辱的なことは何か?
こいつには敵わないと思わせるには?
きっと、イチローが喜ばない方(特別でも何でもなく当たり前のことだと思わせる)が屈辱的なはず。走りながらそう考えたという。

 

 

(お借りしました https://images.app.goo.gl/u8wAw8FAU3iMqLcd9)

 

すごいなぁ…、イチロー。(笑)
でもイチローって実はめちゃくちゃ熱いと思うんだよね。
熱いうえで、自分で自分の感情をコントロールしてる。

アタシはそう思う。

 

ただ、”魅せ方”はどうであれ、『感情的になったら絶対負ける』というのは
わからなくはない。
そう、問題なのは熱さではなく感情的かどうか。
女性だから、男性だから、ではないけれど女性は得てして”感情的”とみられがちかと。
ヒステリックなんて表現は男性よりも女性に使われることが多いように思う。
だから、アタシは伝え方や魅せ方というところに気を遣う。

基本は熱血漢。熱いと思われている。
熱い指導お願いします、なんてよく言われるし、むしろ悪い気はしない。


だけど。
相手の望む熱さとワタシの思う熱さが違うこともあれば、情熱を注ぐ相手との温度差の詰め方は考えなければならない。⇐ここ。これ重要。考えてないように思われてるかもしれないけれどアタシめっちゃここ考えてる(笑)

 

だから”やっちゃってください!(笑)”みたいな依頼されると…頭にくることもあるんですよ。うん。気持ちはわかる。うん、そうだよね。それ求めてるんだよね。でもさ…(笑)
タイミングや手法っていうのはものすごく大事。特に初回!!!!

 

依頼しておいて、こんな風に言われたこともある。

『熱さの押し売りにならないようにはお願いします』とか

『無理に距離を詰めてもらおうとも思ってない』とか、ね。(笑)
…まぁこの言われようも結構失礼だと思うんだが(笑)

 

相手の熱量を上げたい。
もっと出来るのに。
もったいない!!!

 

熱い方ってそう思いがちなんだよね、自分より低い相手に対して。

昭和の熱血ドラマにみる…アレです(笑)

それでね、引き上げられる人もいるだろうし、それが悪いとは言わない。
自分の熱さを見せることで感化されることももちろんある。

だからこそ、相手を見極めて自分の熱さをどう表現して相手の熱量をぶち上げるか、が大事なわけよ!!!!!!(笑)

 

だから熱苦しい人たちはね、どんだけ熱くてもいい。
ただコントロール出来ないとダメ。
何でもかんでも熱く感情的に訴えればいいわけじゃない。


『感情的になったら、負け。』

それは計算された感情的な魅せ方であればいい。
(それで上手くいかなかったとしたらそれは自分の作戦ミス)

熱くても感情的でも結構。独りよがりでなければいい。

間違った”あなたのため”になってなければいい。

 

熱さも感情も自分でコントロール出来なければ、それは誰にも響かない。

お熱いのは、お好きですか?

だったら気を付けてください。
その熱さは、コントロールされていますか?
そこに温度差はありませんか?

ここを見誤ると、悪い意味で大ヤケドしますからね。(笑)

その感情は、是か非か。

 

誰かに、何かに。
嫉妬したことがない人っているんだろうか。笑

 

一言で"嫉妬"といっても、いろいろある。

あぁ、あの人はあんなこと出来ていいなぁ、自分も頑張らなきゃ!と思う…いや、それは嫉妬じゃないな、羨望か。(笑)あんなこと出来ていいなぁ、、けっ、みたいなのはまさに嫉み。羨望も嫉みも度が過ぎると良くないけれど、羨望は原動力にはなる。

 

 

恥ずかしながらワタシはよく自己嫌悪に陥る。
大概のきっかけは羨望からくる自己肯定感の低さと、ちょっと(?)の嫉み。

 

あの人はこんなことしてる、出来てる。

自分もこれくらい出来ないといけない、とか

なんで自分は出来ないんだろう、とか。
成功やキラキラの裏には弛まない努力があるに決まってる。それを微塵も感じさせない人もいれば、本当にあれよあれよとカンタンに欲しいものを手に入れてる人もいるかもしれない。それは本人と神のみが知るところ。

 

"なんで自分は出来ないんだろう"

この嫉妬心は強いかもしれない。

やってもやっても出来なかったこともあれば、"いつかやってみたい"と密かに思っていて未だ手をつけていないものとか。後者への嫉妬は強いかもしれない。


あ、それやってみたいと思ってたんだよね。
いいね、どうやって始めたの?
どこで学んだの?

と、素直に思えない(言えない)自分がいる。


え、それ。
ワタシもやってみたいと思ってたのに。
なんで?なんで?やれちゃうの?って。笑

 

お金も時間もかかる。でもやってみたいな、と密かに温めていたものを先に掻っ攫われて、SNSで披露されて。それはその人が頑張った証なのに、最初に嫉妬心を持ってしまう自分が何とも惨めでたまらない。なんて嫌な性格なんだろう、と思う。自分の歪んだ捉え方。カッコ悪い嫉妬でしかない。

 

何がここまでワタシの気持ちをこう逆撫でするんだろう。

 

フットワークは軽い方だと思う。

思い込んだらまっしぐら、的なところもある。

むしろそんな性格だから専門学校卒業と同時にフリーランスなんて思い切った選択も出来たんだと思う。なりふり構わず、夢とやりたい気持ちだけで突っ走ってきた。それは、"とりあえず就職"なんて逃げた選択はしない!というちょっとした自分のプライドもあった。だから、負けたくない。負けるわけにいかない。もっともっと、先へ行かねば。常に前を走らなければ、みたいな。

 

無論、そんなことできるはずもなく。

当然息切れだってするし、どこで追い越されたかわかんないうちに急に背中が見えたり。重ねていく経験は自信になるはずなのに、重ねた年齢はプレッシャーになる。自分の現在地がわからなくなって、どこを目指せばいいのかわからなくなる。←これがもうそもそも違うんだろうな。どこを"目指せば"いいのか、じゃない。どこを目指したいか。本気でやりたかったら、想いが強ければなんとかするだろう。そうしない時点で諦めてないか?それともそこまで熱量をかけるものではないのか?

 


尤もらしく、やれない(やらない)大義名分を振り翳して踏み出さないでいるのは他でもない自分なんだよな、いつも。

 

やりたいことかもしれない。

でも、"今"じゃない。だから熱意を注がない。

それならそれでいいじゃないか。

羨む必要ないじゃないか。あとで、必要なときに自分もやればいい。←あとでやるっていうのが真似したみたいって思ってしまう変なプライド。笑これも嫉妬心を煽る要因よね。笑

 


ヤキモチは汚い 好きにさせてよ、ってね。

 


羨望は、エネルギーに変えられる強い感情。

嫉妬は、自分を縛り付けて僻むだけのマイナスのエネルギー。


大なり小なり、みんな、持ってるもんじゃないのかな。そんなことない?笑

 

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あ、アタシだけじゃないかも。

そうそう、そうなんだよね。と

そんな気持ちを汲んでくれる一冊でした。

主人公も同年代。

仕事をする上で大切にしたいものは何か。

その感情は、是か非か。笑

 

厄介な同居人。

 

アリストテレスは『中庸であれ』と言い、

孔子は『 中庸の徳は最高の人徳である』と言ったという。

 

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何においても超過してもよろしくないし、不足してもよろしくない、という考え方。

 

そらそーだ。

誰もが思うことだろう。

 

アタシの中にはいつの頃からかショウちゃんとキョムちゃんという2人が棲みついてる。たまにこの二人、やたら存在感を示す。笑

 

ショウちゃんこと焦燥感と

キョムちゃんこと虚無感。

よほど居心地がいいのか、なかなか出て行く気配がない。笑

 

思うに、きっかけがあるときもあればないときもあるけれど大概、この2人(人じゃないけど)が存在感を示すのは"仕事"に関して。大きなミスをしたとか、下手こいたとか、そういうときではない。

 

ただ、何となく、漠然と。

2人は突如としてかまえかまえ、とアタシの目の前に現れる。

 

アタシには"揺るがない"自信というものがない。

そんな人に指導される選手が可哀想だ、と叱られそうだけど。当然選手のために周到に準備もするし、自分のために勉強もしてる。それでもどうしたって完璧にはならないし、まだまだ至らないと思ってしまうことが多々ある。自分の置かれている状況、待遇、依頼。ちょっとした違和感を感じると2人は顔を覗かせて近づいてくる。

 

曲がりなりにもこの世界で20年以上フリーランスでお仕事をいただいて、戦ってきた。自信がないわけではない。けれど決して自信満々でもない。もしかしたら誰しもそうなのかもしれないけれど。

 

どうしてアタシを選んでくれたんだろう。

ひょっとして消去法?

都合が良かったから?

 

アタシに出来ることは誰にでも出来ることだけど、だからこそ相手をじっくり見て、相手が欲しているものを、欲するタイミングでさらに期待した効果が得られるように精一杯尽力する。それだけを考えて全力で尽力する。また、選んでもらえるように。誰にでも出来ることだけど"あなたがいい"と選んでもらえるように。

 

結局は承認欲求なのかな。

建前じゃない、本音の承認。

いや、もちろんアタシを選んでくれた方々の大半からは"それ"を感じてます。でもだからってもっともっと言ってくれ…!って福ちゃんみたいなことではなく。笑

 

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いつかこの2人の存在を感じられなくなる日は来るのだろうか。スキルや知恵はあり過ぎても困ることはない。けど、ほとんどのモノは"中庸"であることが望ましいんだろうな。自己肯定感とかも。

 

 

何も自信過剰になれと言われてるわけではない。

なんだ大したことないじゃない、と言われることを恐れているわけでもない。実際大したことないし。(笑)上を見ても下を見てもキリがないから常に上を、前を向いて進みたい、と常に思ってる。

 

中庸であれ。

中庸の徳は、最高の人徳。

でもきっと中庸を手に入れてしまったらみんなが言うところのアタシらしさって変わるんだろうな。熱苦しくないアタシになる(笑)

 

中庸であることと、自分らしさ。

天秤に…かけられないな。(笑)

だから、というわけではないけれど。中庸を手に入れることが出来たら、あの2人(ショウちゃんキョムちゃん)はいなくなるのだろうか。無駄に熱すぎるから2人とも棲みついているのだろうか。

 

この世は、。

 

『GIVE&TAKE』

という言葉がある。

 

 

この言葉は"お互いに与え合うこと、奉仕し合うこと、譲り合い、持ちつ持たれつの関係"という意味だそう。(わかってはいたけど調べたらこう書いてあった)

 

 

よく言われるのは、何かを受けとりたいならば"GIVE"から始めるべきだ、みたいなこと。

自分が何も差し出さないのにヒトのものばかり欲しがる奴は碌な人間じゃない。笑

 

GIVEした分の見返りは求めないけれど(WIN-WIN?)、GIVE以上の見返りを受け取るとヒトは感動するんだってフィットネスクラブに勤めていた頃、教わった。

逆にGIVEばかりしていていつも最終的には損してないか…?と感じている人もきっといるはず。そもそも見返りを求めてないなら損も得もないだろうと言われそうだけど、それは違う。

 

GIVE & TAKE にはお互いの信頼があって成り立つ場合と、明らかに対価に相応しい見返りを得られる場合の二つがあると思ってる。どちらかにウエイトが偏り過ぎてはGIVE & TAKEは成立しない。

 

 

 

世の中には3種類の人間がいるそうだ。

①ギバー(GIVER)

受け取る以上に与える人。
人に惜しみなく与える人。
相手が何を求めているかに常に注意を払っている。

 

②テイカー(TAKER)

常に与えるより多くを受けとっている人。
用心深く、自己防衛的なタイプ。
上司に対して驚くほど従順、部下に対しては支配的になる。
権利意識が強く、人を操作したり利用したりする傾向のある人びと。

 

③マッチャー(MATCHER)

与える事と受けとる事のバランスを考えている人。
公平性、平等を強く重んじている。
そして、目には目をという考え方の人びと。

 

だそう。

あー…、アタシ、完全に①だ(笑)

しかもこの”TAKER”、”GIVER”、”MATCHER”の中で、最も成功できないのは

 

”GIVER”だそうです。

 

あぁぁぁぁぁぁぁ。そうなのか。

とがっかり。アタシのやり方はやっぱり間違っていたのか…

 

周囲の人たちに”ただ与える”だけでは成功はできない。

そして、次に成功できないのは”TAKER”だと。

そりゃそうだ!!!

人から単純に奪うだけでは自分は何も提供しない…そりゃ成功はほど遠い。

 

じゃあ最も成功を治めるのは、与えることと奪うことのバランスを取っている”MATCHER”か…と思いきや。実は最も成功するのは”GIVER”だという。

 

 

んんんんん!?

え、さっき一番成功しないって、最初に読んだよ⁉んんん⁉

 

”GIVER”は成功するGIVERと成功しないGIVERの2種類のタイプに分けることが出来るそう。

 

”成功しないGIVER”はGIVEし過ぎて奪われるだけのGIVER。

”成功するGIVER”はGIVEでお互いの利益に貢献できるGIVER。

 

なるほど。確かに。(笑)

成功しない方はとにかく”与える”ことばかりを考えていて相手の目線に立てていない。積極的にGIVEはするけれど相手がTAKERだったらただ単に搾取されて終わり。GIVERに残るのは疲労と自己嫌悪。(笑)見る目がない、とか世話好き(お節介)と言われればそれまでだけど…(笑)

 

成功できない自己犠牲型のGIVERは相手が求めるタイミングに合わせて、GIVEしてしまう…とも書いてありました。耳が痛い…。

 

GIVEばかりする人は損してる?GIVE&TAKE「与える人」こそ成功する時代

 

GIVE&TAKEってなんだろうな…と思ってGoogleさんで検索したらヒットしました。

 

『テイカーはまるでブラックホールのように周囲の人びとからエネルギーを吸いとっていた。
  ギバーは太陽のように組織中にエネルギーを注入していた。
  ギバーは自分の感慨を押し付けたり、手柄を独り占めしたりすることなく、仲間が活躍できる機会をつくっていた。』

 

と、この本に書かれているそう。

 

今のアタシ、成功するGIVERと成功しないGIVERの中間…かな(;'∀')

きれいごとかもしれないけど、常に相手のことを考えて考えすぎて自分のことよりも相手のために、と思ってしまう。見返りは求めていないはずなのに、自分の熱量が”雑に扱われた”と感じたときの虚しさ…。ただそれは自分が作りだしてしまったのかも、しれない。相手は悪くない。

 

 

世の中は、GIVE & TAKE。

アタシは生粋の”GIVER”(笑)だったら成功するGIVERになりたいもんです。