Monologue〜フィジコISHIIの熱苦しい独り言〜

フィジカルパフォーマンストレーナーのイシイです。仕事のこと思ってること熱苦しく呟きます。

I Believe.

 

ワタシ、熱苦しい上に情に脆くて、自分の関わってる人たちのことは心底信じたいと思ってます。要するに苦手な人は苦手だと思います😅

 

 

信じる、という言葉は聞こえがいい。

信じてもらえるというのは嬉しいことだと思うんです。ただ信じる≒期待してるって紙一重なのかな、とも思うわけで。

今熱戦を繰り広げ中のWBCにおける侍JAPANにしても、勝利を信じてます!というファンも居れば勝利を期待してます!というファンもいる。どちらも結果同じだと思うんです。ただやはりプロ選手としては期待されてナンボ、というところもあると思うのでそこは別格です。

でも手の届かない、一方的に目にすることは多々あっても会話なんて一生することもないかもしれないプロ選手に、私たちは信じたい気持ちや期待を胸にその戦いぶりをリアルやTVで見守り、その勝敗はもちろんだけど戦う姿から活力をもらう。ああ、あの人もこんなに頑張ったんだから自分も頑張ろう、みたいな。それは、全然悪いことじゃないし、プロ選手たちの使命のひとつでもあると思う。

 

 

でも気をつけなければならないのは"信じた"姿や未来、結果は、"その人自身"を信じているのではなくて、あくまでこちら側の、"自分が理想とするものに期待してしまっていること"かもしれない、ということ。

だから、自分が理想とした、想像していたものと違うと裏切られたような気になったり、勝手に失望したりしてイライラしたりする。あくまでその人のせいではなく、自分の勝手な"信じる"心が創り出した偶像であるその人のせい。現実のその人にしたらえらい迷惑である(笑)

勝手な思い込みによって創り上げられたその人の見えなかった(もしくは見たくなかった)部分が見えたときに、あぁ、自分はなんて勝手なフィルターでこの人を見ていたんだろう…って、その人に失望したりするのではなく、自分に矢印を向けられるか、そしてこれもその人なんだ、と受け止められる"自分"がいるか。それが信じられるということじゃないのかな、と。

この"自分"のことを芦田愛菜ちゃんは『揺るがない自分みたいなもの』と表現していたが、、改めてあのコはすごいなぁと鳥肌がたった。

愛菜ちゃんのスピーチを聞いて『そうそうそうそう!!』と共感したものの、彼女の倍以上生きてるワタシはこの"信じる"という感情についてうまく言葉に表せなかったからだ。

 

 

誰だって、揺るがない自分を持つことは難しい。だからこそ、自分に向けて"信じる"と言い聞かせることで不安を払拭したり、自分を正当化しようとしたりしたいのかなぁ…、と。

 

でもね、"信じる"って、一方的な自分勝手な思いでなくちゃんと使えたら…やっぱ素敵な言葉だと思う。でも難しいなぁーーーーっ。近しければ近しいほど、想いが強ければ強いほど、きっとそのフィルターには色がつく。期待してる、信じてる自分に気が付いたら一旦冷静になってちゃんとその人を見れているかを確認する必要がある。

 

 

でもね(2回目w)

期待させるようなこと、言う人もいるんですw

言う人も悪い!!と言いたくなることはある!

 

…夢見させるようなことを言うな!!!

 

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スラムダンク 第71話「BASKET BALL」より引用

 

ね、木暮くん(笑)

 

 

自分の言葉、行動が誰かをその気にさせてしまうことがあるかもしれない。そこまで考えてたらなーーーんにも出来ないかもしれないけれど(笑)どんな面を見ても何が起きても"揺るがない"人間関係が築けたら素敵だなと思うのです。