Monologue〜フィジコISHIIの熱苦しい独り言〜

フィジカルパフォーマンストレーナーのイシイです。仕事のこと思ってること熱苦しく呟きます。

てっぺんか、唯一無二か。

稽古していても私だけ空気が違う…。

悔しいけどどうにもならん。

その言葉を絞り出すことがどれだけ悔しくて苦しいことか。やりたいことと、現実。努力ではどうにも埋まらない現実があることに気付くことがある。

もちろん、好きなことやりたいことであっても
夢を叶えるまでのプロセスが楽しい(これも何を楽しいと取るかは人それぞれなんだけど)ことばかりではなく、もちろん苦しいこともたくさんあるわけで。

でもその中で、自分の実力と現実を見比べた時に『あぁ、』と悟る時がある。というか、そこであぁ、と気付けたことは苦しくてもその行き止まりまで行けたことはものすごくシアワセなんだなと思えた。誰かに引導を渡されれば後悔が残る。あの時ダメ元で挑戦していたら…と必ず悔やんで誰かのせいにする。

悟って、自ら決断出来ることは『やりきった』証なんだと思う。そこまで挑戦出来たことに、支えてくれた人たちに環境に、素直に感謝出来ると思う。

夢をかなえられる人、夢を持って生き続けていける人って…どれだけいるんだろう。
そもそも、『夢を叶えた』ってどの時点で言えることなんだろう。叶えれば次の夢がまた出てきてきっと永遠に夢って見続けて追い続けるものなんじゃないかな。

意欲があっても才能に恵まれない人もいれば、

才能があってもチャンスに恵まれなかったり、環境や事情と言った自分ではコントロール出来ないものによって阻まれて…そんな人もいると思う。もちろん、やりたいことや好きなことが見つからない人も…。

誰が幸で不幸かなんて他人が決めることじゃない。自分が決める(感じる)こと。

追い続けた夢への道がそこから先へは延ばせないことを目の当たりにして現実を知って、ここまでやり切れた自分は幸せだなぁって、まわりは到底無理だと思っていたら"やっぱりね"、と言う。もしかしたら本人も無理だと思ってたかもしれない。それでもたとえ1%の可能性だったとしても、それに懸けることが出来る(許される)環境なら、道が途切れるその渕に立つまで努力するのもアリだと思う。諦めや折り合いなんかじゃなく、次の目指すべきものや自分の大切にしたい想いが見えるはず。それって、ものすごく清々しい。

戦ってるものも大切にしたいものも、バックグラウンドも。誰かと同じように見えることはあっても全く同じじゃないはずなのに、自分にないものや自分が欲しかったものに挑戦したり手にしたりした"同じ側"の人間を見ると嫉妬を覚えてしまう。何で自分は…っていう醜い羨望。

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羨んでも人を貶したり蹴落としたりする人間には成り下がらないように。それはその人の努力の証。花屋に並んだ花のように、みんな違ってみんないいのに、どうして比べたがるんでしょ(笑)あの国民的大ヒットの歌は好きではなかったけど、歌詞が刺さる。刺さるけど、わかるけど。オンリーワンも、No.1も、どっちも欲しい。いや、正確にはNo.1じゃなくてもいいんだけど。常にそこを目指す気持ちは持ち続けたいと思ってる。あ、だから嫉妬するのか(笑)